白ナンバー車両への義務化をきっかけに、アルコール検知器はいま、多くの企業にとって身近な存在になりました。しかし、義務化以前は統一的な品質基準がなく、市場では性能がまちまちな商品が混在していました。
「このままでは、まともな商品が埋もれてしまう」——そうした危機感から、競合関係にあるメーカーが業界の垣根を超えて集結し、安全性・信頼性の基準を作ろうと動き始めたのが、J-BAC認定制度の原点です。
本記事では、J-BAC歴代技術委員長4名に、認定制度が生まれた背景から現在に至るまでの取り組みを伺いました。制度策定の苦労や技術的な議論の裏側、飲酒運転根絶に向けた決意まで、信頼づくりの舞台裏をお届けします。

J-BAC副会長。技術委員会の立ち上げ当初から参画し、第2代技術委員長(2015年度〜)として認定制度の基礎構築に尽力。長年にわたり協議会の中核メンバーとして活動し、現在は副会長として組織全体を統括。検知器の黎明期から現在までの変遷を知る。

現J-BAC会員。J-BAC第3代技術委員長。簡易的な検知管から電気化学式への技術変遷に精通し、技術委員長在任中は公平性のある試験環境の整備に貢献。メーカー間の垣根を超えた技術規格の策定に深く関与した。

J-BAC幹事。J-BAC第5代技術委員長。通常2年の任期を超え、約3年半にわたり委員長を務める。認定制度の厳格化や、メンテナンス・アフターフォロー体制の義務化など、ユーザー視点での信頼性向上に尽力した。

J-BAC第6代技術委員長(現職)。2019年頃より協議会活動に参加し、副委員長を経て現職に就任。白ナンバー義務化に伴う参入メーカー急増期において、新規参入企業への技術指導や審査の厳格化を指揮。制度の「維持・更新」や次世代規格(J-BAC 2.0)への対応を推進している。

——まず、J-BAC認定制度ができる前のアルコール検知器市場は、どのような状態だったのでしょうか?
常深
アルコール検知器の品質を測る統一的な基準が日本に一切存在していませんでしたね。そのため、さまざまな性能の商品が入り混じっていても、何が良い商品で何がダメなのか、誰にも判断できない状態でした。
そうなった経緯を少しお話しすると、2006年に福岡市で飲酒運転による死亡事故があり、社会的に飲酒運転根絶の機運が高まりました。2011年には緑ナンバー車両(トラック、バス、タクシー等の事業用自動車)に対してアルコール検知器の使用が義務化され、市場が一気に拡大した。品質基準がないまま商品だけが増えていったわけです。
河口
アルコール検知器が登場したばかりの頃は、本当に玉石混交でしたね。飲み屋に置いてあって100円入れて吹くようなものや、おもちゃのような形のもの。義務化で需要が増えた際にも、そういった簡易的な商品を作ってきたメーカーがそのまま参入してくることもありました。
三浦
消費者センターにも「検知器を買ったのに動かない」といった苦情がたくさん寄せられていたようです。ただ、苦情を受けた側も困るわけです。「数値がおかしい」と言われても、正しい数値を判断するための基準——その物差し自体が日本になかったわけです。
——そうした状況から、協議会がどのように立ち上がっていったのでしょうか?
常深
こうした状況に危機感を持った4社——タニタ、フィガロ技研、東海電子、中央自動車工業が集まり、「まず、業界のことを考える団体を作らなければいけない」と立ち上がったのが始まりです。
団体の目的は大きく2つありました。一つは粗悪品の排除。まともな商品が粗悪なものに埋もれてしまう状況を変えること。もう一つは、市場全体を健全に広げていくことです。ライバルメーカー同士でパイを奪い合うのではなく、協力して業界の信頼を高めれば、市場全体が大きくなる。粗悪品のせいで「こんなの使い物にならない」と思われて市場が縮小することだけは、何としても防がなければなりませんでした。
畑
私が参加したのは規格ができ上がる少し前でしたが、実際に市場にある検知器を買い集めて調べてみると、まあひどいものがたくさんありました(笑)。「いいものを作っているメーカーはちゃんといる」ということを証明するために、本気で取り組まなければならないと感じましたね。
常深
当時から「自分たちの首を絞めることになっても、厳しい基準を作ろう」という方針は一貫していました。いまでも、売るための制度ではなく、社会課題を解決するための制度にしなければ意味がない、そう考えています。

——認定制度は、最初からいまのような形だったのでしょうか?
常深
いいえ。最初は「自主検定」からのスタートでした。各メーカーが自社で試験を行い、そのデータをJ-BACに提出して合格すれば認定するという形です。自社試験である以上、客観性の面ではどうしても限界がありましたが、まずはアルコール検知器の品質基準を作ること自体が最優先でした。
畑
ただ、最初から第三者機関による認定へ移行する計画はありました。機関を選定している間に義務化が始まってしまったので、「決まるまでは自主検定で進めよう、でも決まったらすぐに切り替えるぞ」という前提でのスタートだったのです。
——試験制度の項目や基準は、どのように決めていったのでしょうか?
常深
まず検定でどの項目を試験するかを決めるところからですが、ここが一番大変でした。協議会としてまだ実績がなかった時期なので、「緩い基準では業界の信頼は得られない。厳しくなければ意味がない」という議論をしていました。
三浦
将来的に新しい会員企業が入ってきた時にも「この検定は何を根拠にしているのか」と聞かれて答えられる整合性が必要でした。しかし日本の法律では、アルコール検知器について「呼気中のアルコールを検知し、その有無又はその濃度を警告音、警告灯、数値等により示す機能を有する機器」としか定義されていません。つまり、「アルコールの有無や濃度を何らかの方法で示せればよい」という最低限の機能要件が書かれているだけで、誤差がどの程度なら許容されるのか、繰り返し測定で再現性があるのかといった、具体的な性能基準は何も定められていないのです。
それでは不十分だということで、私たちはヨーロッパのアルコール検知器の規格である「EN規格」をお手本にしました。ただ、EN規格は試験項目が50以上ある。すべてをそのまま日本に適用するのは現実的ではありませんし、欧米人の体格に基づく数値を日本人にそのまま当てはめることにも無理がありました。EN規格の各項目と照らし合わせながら「これは日本の使用環境には向いていない」「ここは必要だ」と一つひとつ取捨選択を繰り返していく——その調整作業がもっとも大変でした。
河口
技術的には、測定の精度・繰り返し性・アルコール以外のガスへの干渉という3つの試験項目については比較的早く合意できました。しかし、それぞれの項目で具体的にどの濃度範囲まで精度を求めるのか、各社の検知器の特性も異なる中でどこに合格ラインを引くのかが議論の焦点でした。試験を行う際の温度や湿度の管理——たとえば冬場に試験環境の湿度をどう維持するか——といった測定環境の条件定義についても、専門家を交えて細かく詰めていきました。
——第三者機関による認定への移行は、スムーズに進んだのでしょうか?
常深
簡単ではありませんでした。公平性を確保するためには、メーカーと利害関係のない第三者機関による評価が不可欠でしたが、そもそもアルコール検知器の試験を実施した経験のある外部機関が当時ありませんでした。そこで、J-BAC側から「こういう試験を、こういう手順で、こういう設備を使ってやってください」と試験方法一式をパッケージにして依頼したのです。依頼先の試験機関が「やりましょう」と引き受けてくださったことで、ようやく外部認定の体制が整いました。
畑
試験機関の施設には私たちも実際に足を運び、「この場所でこの手順でやればいいですね」と一緒に確認しながら試験環境を整備していきました。温度・湿度の条件管理や、ドラフトチャンバー(ガスを排出する装置)でクリーンな空気を保つ仕組みなど、認定機器のメーカー担当者でも知らないくらい細部まで作り込んでいます。
——第三者機関に移行してから、認定の現場ではどのような変化がありましたか?
畑
第三者の目が入ったことで、基準の厳格化が一気に加速しましたね。象徴的なのが「あいまい語の排除」です。たとえば、以前は取扱説明書に「約3秒間吹いてください」と書いてありましたが、第三者機関の方から「『約』とは何秒から何秒のことですか」と突っ込まれた。4秒は「約3秒」なのか、5秒はどうか——そう聞かれると、確かに答えられないのです。
三浦
だから、取扱説明書から「約」を全部消しました(笑)。吹き込み時間は3秒なら3秒。ストローの長さも「約10cm」ではなく「10cm」に。あいまいな表現があると第三者機関も審査の基準が定まらないし、何よりユーザーにも正しい使い方が伝わらない。「そこまでやるのか」とメーカー各社から言われましたが、表現のあいまいさを残すことで業界全体の信頼が損なわれるほうが問題だと考えていました。
常深
正直、社内の技術陣から「なんでこんな厳しい規格を作ったんだ」と言われることもあります(笑)。社内からお叱りの声が上がるくらい厳しいものですが、社会の安全水準を上げるためには必要なことだと思っています。
——認定制度を運営するなかで、特に大きな課題となったのはどんなことでしょうか?
畑
やはり白ナンバー義務化のタイミングですね。義務化を受けて、参入企業が20社から70社へ一気に増えました。検知器メーカーが増えたこと自体はよいのですが、認定制度に対する考え方の甘い企業も出てきた。「お金を出せば認定が取れるんだろう」という態度で申請に来るところもあり、「そうではない。認定は、自社の機器が一定の性能基準を満たしていることの証明なんだ」ということを1社ずつ説明して回りました。
常深
当時の三浦さんのパワーは凄かったですね(笑)。膨大な数の申請書類をすべてチェックして、不備があれば一つひとつメーカーに修正を求めて。
三浦
技術委員長としての意地です。ここで審査の質を妥協したらJ-BAC認定制度そのものの信頼に関わるという危機感がありました。ただ、私たちは申請を「落とすこと」が目的ではありません。審査でNG項目があれば「ここをこう変えてください」とメーカーとやり取りを何回も重ね、J-BACが想定するレベルまで商品や書類を引き上げてから合格としています。全メーカーの商品が一定の水準に達することを目指して、一緒に高めていくという感覚ですね。

——これからの制度運営に向けて、課題に感じていることはありますか?
三浦
協議会をいつまでも特定の誰かの馬力で審査業務を回し続けるわけにはいかない——これが一番の課題です。私が辞めたら認定制度の運営が止まってしまうようでは、仕組みとして成り立ちません。
河口
そこで今進めているのが審査業務のシステム化です。メーカーからの申請書類のやり取りをすべてWeb上で行い、どの技術委員が担当しても同じフローで審査できる仕組みを整えています。メールで個別にやり取りしていた属人的な運用を見直すためです。
三浦
取扱説明書のテンプレート化も進めています。あらかじめ見本を用意しておけば、メーカー側も迷わずに済みますし、こちらのチェック工数も減らせる。情熱だけで回す段階から、持続可能なシステムへと移行させているところです。
常深
もう一つ、新たな課題として「販売後の品質保証」があります。量販店で販売されている検知器の中には、何年も在庫として棚に眠っていたものがあるかもしれません。検知器のセンサーは生ものですから、使用していなくても時間の経過とともに劣化していく。商品が製造されてからユーザーの手元に届くまでの間に性能が損なわれていないか——そこまで含めた品質保証の体制を、今後は整えていかなければなりません。また、用途に応じた認定ランクの多様化も検討課題の一つです。
——制度を築いてきた立場から、認定品を選ぶ企業の方々に伝えたいことはありますか?
常深
まず伝えたいのは「認定品を選んでください」ということです。J-BACの目的は飲酒運転の撲滅です。認定品を選ぶということは、その目的に向けて私たちが積み上げてきた信頼と覚悟を選ぶということだと思っています。
三浦
アルコール検知器は人の命に関わる商品です。大きな事故が起こり、誰かが亡くなってからでは遅い。0.00mg/Lという数字の重みを知っているからこそ、私たちは厳格な基準を作ってきました。選ぶ側の方々にも、その重さを理解していただきたいのです。
畑
取扱説明書に必ず目を通していただきたいと考えています。先ほどお話しした「約」を消してまで厳密に決めた吹き方やメンテナンス方法には、一つひとつ理由があります。正しく使っていただくことで、検知器の性能をしっかり発揮させることができますので。
河口
今後は、J-BACのホームページ上で「どの機種がどういう特徴をもっているか」がわかりやすいマップのようなものも提供していきたいと考えています。現行の認定(1.0)に加えて、より高精度な「J-BAC 2.0」という規格の整備も進めています。迷ったらまずJ-BAC認定品を。皆さんが最適な一台を安心して選べるよう、私たちはこれからも信頼できる「物差し」を提供し続けます。